これからの歌舞伎界を担っていくであろう注目の若手たち

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こでは、昨今舞台の内外で活躍する個性豊かな歌舞伎俳優を取り上げる。
経験値も積み、若さで突っ走る青い年代は通り過ぎた……
しかしまだまだ未知なる道を切り拓きながら若い観客も取り込んでいる、「40代を中心とした花形たち」の挑戦を紹介する。
文=川添史子

「半沢直樹」で話題に―

―市川猿之助(いちかわえんのすけ)

沢直樹」で歌舞伎を観ない層にも大きなインパクトを与えた俳優たちは、ホームである歌舞伎界でも中堅として大活躍中だ。
確かな演技で観客の心を掴み、スーパー歌舞伎Ⅱ(『ワンピース』『新版 オグリ』)などスピーディーかつ現代性ある作品でも才能を発揮する市川猿之助は、人気・実力抜群。ラップにドリフにミステリーとお楽しみ満載、松本幸四郎との弥次喜多コンビで毎回話題の「東海道中膝栗毛」シリーズはチケット入手困難の大人気シリーズだ。プロデュース能力も高い、歌舞伎界屈指の風雲児として常に要注目の俳優である。

市川猿之助

―片岡愛之助(かたおかあいのすけ)

方(大阪)役者」としての味わいを背骨に、柔らかい二枚目から豪快な荒事まで多彩な役をこなす愛之助は、三谷幸喜作・演出の『酒と涙とジキルとハイド』、ミュージカル『コメディ・トゥナイト! ローマで起こったおかしな出来事〈江戸版〉』など驚きの幅広さで活躍(いずれもコメディセンス抜群)。兵庫・出石の趣ある芝居小屋での「永楽館歌舞伎」、徳島・大塚国際美術館で行われている「システィーナ歌舞伎」など、全国で企画性の高い歌舞伎も上演している。

片岡愛之助

―市川中車(いちかわちゅうしゃ)

川中車(香川照之)が歌舞伎界に飛び込んでまだわずか8年。その事実に驚くほど、観るものがクセになるような、アクのある演技が個性になってきている。「東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖 (とうかいどうちゅうひざくりげ こびきちょうなぞときばなし)』では、虫愛が炸裂する番組「香川照之の昆虫すごいぜ!」をパロって釜桐左衛門(かまきりざえもん)という名前の人物で登場。名乗った途端に客席から大きな拍手、メディアでの活動と見事に両立する、稀有な俳優だ。

市川中車

ノンストップのクリエイティビティ!
―松本幸四郎(まつもとこうしろう)

こ半年、コロナにめげず新たなコンテンツを届け続け、先頭に立って歌舞伎の底力を示した大立者。歌舞伎進化形でも紹介した「図夢歌舞伎」では主要な役を全て演じ分け、イノシシ役(!)までやってのける八面六臂の活躍。生配信トークイベント「歌舞伎家話(かぶきやわ)」とYouTubeチャンネル「歌舞伎ましょう」(日本俳優協会と伝統歌舞伎保存会の協同運営)ではトップバッターで登場。47人の舞踊家たちとの新作舞踊未来座=祭 SAI=「夢追う子~ハレの日への道しるべ」を、オンライン会議&リモート稽古を経て一度も集合することなく、合成映像作品として発表……ざっと並べただけでも、この人の止まらないクリエイティビティ、溢れる情熱、底知れぬ歌舞伎愛が伝わる。

松本幸四郎

コロナ禍で苦境の歌舞伎界、陰の功労者
—尾上松緑(おのえしょうろく)

々役者ぶりを大きくし、古典歌舞伎の王道をひた走る松緑。その正統性は「メディアで幅広く活躍する俳優」を取り上げる趣旨のこのページで紹介するタイプの俳優ではないかもしれないが、このコロナ期間中に生まれた企画、松緑がお席亭としてゲストを招くオンライン飲み会のような配信トークイベント「紀尾井町家話(きおいちょうやわ)」は歌舞伎ファンの間で大評判。時に「そんなこと、喋っちゃって大丈夫!?」と観ている方がハラハラするくらい、気取らず、飾らず、レモンサワー「檸檬堂」片手にズバズバ本音で喋る松緑は、お行儀の良い歌舞伎俳優が主流の中では異色で痛快な存在(トークの途中で愛犬3匹を可愛がる様はギャップ萌え)。呼ぶゲストも、若手花形から、(立ち廻りの振りを付ける)”立師(たてし)”でもある俳優まで、歌舞伎をディープに観る人たちにとって、堪らなく楽しい配信だ。松本幸四郎とはまた違うベクトルで、コロナ禍における歌舞伎を支える功労者の一人だと思う。

尾上松緑

声よし、顔よし、姿よし
—尾上菊之助(おのえきくのすけ)

が咲くような艶やかな女方、近年は存在感の大きな立役両方をこなし、歌舞伎を見慣れた「見巧者」にもファンを多く持つ花形役者。祖父の七代目尾上梅幸、父の七代目尾上菊五郎、義父の二代目中村吉右衛門はみな人間国宝で、母の富司純子と姉の寺島しのぶは大女優と芸能一家。インドの叙事詩を歌舞伎化した新作『マハーバーラタ戦記』、昨年の超話題作『風の谷のナウシカ』なども自ら企画、プロデュース能力も抜群だ。近年は大河ドラマ『西郷どん』、『下町ロケット2』、『グランメゾン東京』など多くのドラマでも存在感が光る。10月1日に放送した『刑事アフター5』ではドラマ初主演を飾り、「残業ゼロでアフター5の時間を使ってさまざまな世界に足を踏み入れていく」「犯人の気配を捕らえる姿が獲物を狙うハシビロコウに似ていることから、“捜1のハシビロコウ”と呼ばれる」ユニークな刑事を熱演。アルゼンチンタンゴを踊る場面がキレキレであった!

尾上菊之助

スケールの大きな大スター
—市川海老蔵(いちかわえびぞう)

リスマ性、舞台に登場するだけで広がるスターのオーラ、スケール感。歌舞伎になじみのない人にも、顔と名前が広く知られる歌舞伎俳優だろう。2018年に出演した『源氏物語』は、能楽、オペラ、華道を織り混ぜた斬新な構成、海老蔵演じる光源氏の動きに合わせた映像がリアルタイムで舞台や天井、床などに投影されるプロジェクションマッピングがこの人の華やかさを引き立て、大和絵的な幻想世界をつくりあげていた。自主公演「ABKAI」ではジャニーズのアイドルとも共演、「六本木歌舞伎」は映画監督・三池崇史が演出を手掛け、脚本も宮藤官九郎やリリー・フランキー、共演に寺島しのぶや三宅健らを迎えるなど、初心者にも入りやすい舞台を作りあげている。160万人超のフォロワー数を誇るInstagramをはじめ、ブログ、YouTube、TwitterとSNSでの発信力も抜群。今年は延期になったが「来年こそ!」の襲名興行が楽しみだ。

市川海老蔵

歌舞伎の先鋭性を体現できる俳優
—中村獅童(なかむらしどう)

画・ドラマでも活躍し、グイグイ新たな歌舞伎ファンを獲得している一人。歌舞伎進化形でも取り上げた「超歌舞伎」では、バーチャルアイドル初音ミクと共演。同企画は昨年京都南座でも上演され、海外からの観光客、ミクTシャツを着込んだアニメファン、地元の歌舞伎好きが並ぶ客席が、フィナーレでは全員が一丸となってサイリウムを振っていた光景は忘れられない。絵本「あらしのよるに」の歌舞伎化では小さな子供たちの喜ぶ姿も見た。倉庫やライブハウスといった“劇場ではない空間”で歌舞伎を上演する企画『オフシアター歌舞伎 女殺油地獄』では、ファッションに敏感なアンテナ高いおしゃれピープルにもアピール。江戸歌舞伎の持つ先鋭的でスタイリッシュな面にスポットを当てた。この5月にはYouTube「中村獅童一家チャンネル」を開設。歌舞伎役者としての顔だけではなく、愛息子の成長、第二子誕生の報告、洋服へのこだわりなどなどが定期便のように公開され、プライベートも垣間見える楽しいチャンネルになっている。

中村獅童

風格ある立役
—市川右團次(いちかわうだんじ)

ケールが大きく、朗々たる声、堂々とした舞台姿で古典歌舞伎から新作歌舞伎まで幅広く演じ分け、ドラマ『陸王』などドラマでも活躍。スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』で演じた海賊団の首領・白ひげでは、懐の深い人物を力強く演じた。師匠である市川猿翁譲りの力強く、エネルギッシュな演技、ケレンの面白さを観客にしっかり伝える姿も師と重なる。昨年、長男・市川右近とラグビーのワールドカップ開幕式で舞踊『連獅子』を披露したのは大きな話題に。

市川右團次

燃える中村屋魂
中村勘九郎(なかむらかんくろう)、中村七之助(なかむらしちのすけ)

中村勘九郎
中村七之助

らゆる枠を超えて新たな挑戦を続けた偉大な父、故十八代目中村勘三郎のDNAを引き継ぐ兄弟。中村勘九郎は38歳、中村七之助は37歳とまだ30代だが、若き日は先輩である猿之助や愛之助や獅童らと“若手の登竜門”である浅草歌舞伎で研鑽を積み、彼らと一緒に次代の歌舞伎をつくっていくのは間違いないだろう。古典歌舞伎の演目に新たな視点でアプローチするコクーン歌舞伎、野田秀樹が手掛けた『野田版 桜の森の満開の下』など数々の新作でも魅力を放つ(七之助は『風の谷のナウシカ』で皇女クシャナ役を演じ「美しさに震える」と観客が次々撃沈)。勘九郎はNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』、七之助は『令和元年版 怪談牡丹燈籠 Beauty&Fear』など ドラマでも活躍。今年9月に17カ所で開催予定だった恒例の全国巡業公演はすべて中止となり、先頃『中村勘九郎 中村七之助 歌舞伎生配信特別公演』を浅草寺の五重塔特設舞台から、無観客で生配信。雨の中、魂をぶつけた『連獅子』は感動を呼んだ。

中村勘九郎
中村七之助
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