歌舞伎の最新進化形を紹介

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9月末に最終回を迎えた『半沢直樹』で、怪演&快演を見せた俳優たち。中でも、大和田常務こと市川中車(いちかわちゅうしゃ/香川照之)、伊佐山部長こと市川猿之助(いちかわえんのすけ)、天敵黒崎こと片岡愛之助(かたおかあいのすけ)、瀬名社長こと尾上松也(おのえまつや)のインパクトは強烈だった。今も静かに目を閉じれば、あの劇画タッチの顔がまぶたの裏に浮かぶよう。ここまでやるか!と笑えるほどに振り切れたストロングスタイルであったことよ。

彼らの共通点は「歌舞伎俳優」である。
シュッとした顔、シュッとした演技がメインストリームの現代TVドラマにあって、あのこってり全盛りハイカロリーな演技を成立させたのは、やはり技術の高さゆえだろう。ズームで抜かれた表情は見得を切るかのよう。キメ台詞に至るまでの流れも「ここ!」という、イイ〜ところでキマッテくれる。テンションの高い演技はヘタだとうるさくなるが、巧ければ芸になる。

堺雅人演じる半沢と大和田が、審査部次長・曾根崎(佃典彦)を挟み、「さあ、さあ」と掛け合う、歌舞伎の台詞回し「繰り上げ」が取り入れられた場面は「ここで、こう来るか!」と歌舞伎ファンの間で話題に。生放送番組「生放送!!半沢直樹の恩返し」でじつは堺の提案だったという裏話を知り驚いたが、つくづく芝居というのは、個人芸であり団体プレイなのだな、と感じ入った。今回はキャストに手練れが揃ったというのも、豪速球のキャッチボールが成立し、「歌舞伎俳優チーム」が生き生き力を発揮できた肝だったと推察する。

閑話休題。画面越しだけではなく、あの“瞬時にエネルギーを爆発させる演技”を生で体感すれば、必ずやヤミツキのハズ。興味を持った方には心から「ぜひ歌舞伎も観てください」と思う。ただ、実際に足を運ぶまでのハードル、ありますよね? 初心者への基本情報はインターネットにあふれているので例えば松竹が運営する歌舞伎サイト歌舞伎美人(かぶきびとと読む)を参照したり、現時点ですでに行く気満々の方には「あらすじは行きの電車でググればいいし、イヤホンガイドもあるから、YOU行っちゃいなよ」の一言でお・し・ま・いDEATH! だが、「なんか古くさそう」「なんか難しそう」という慎重派もおられよう。そんな「理由なき“なんとなく”のネガティブイメージ」を払拭すべく、意外や革新的な顔も持つ、歌舞伎の最新進化形を並べてみる紹介する。

ZOOMで歌舞伎、
新ジャンルの幕開け?

ロナ禍の影響はさまざまな様式を変化させ、それは歌舞伎界も同様。ピンチをチャンスに変えるべく数々のトライアルが生まれており、中でも話題となったのは、松本幸四郎(まつもとこうしろう)が構成・演出を手がけたオンライン歌舞伎作品「図夢(ZOOMと夢を図るをかけている)歌舞伎『忠臣蔵』」だろう。古典の名作『仮名手本忠臣蔵』を、別空間で演じる俳優が共演したり、事前収録とリアルタイムの演技をつなげたりと、なんとコロナ禍で一気に需要が増えたWeb会議アプリZOOM(ズーム)に着想を得て画面構成して送る大胆企画は、もちろん歌舞伎史上初の試み。6月末から5週にわたって生配信され、回を重ねるごと、短期間で進化する様子も手に取るように伝わってきた。これまでにない新しい表現に、自宅のパソコンで立ち合うのも新感覚。コロナで身動きが取りにくかったあの時期に、よくぞ、こうした新企画を動かせたと思う。

図夢歌舞伎『忠臣蔵』イメージ

図夢歌舞伎『忠臣蔵』第一回 (C)松竹株式会社

若々しい感性で
モードな歌舞伎を

の時期誕生したアツい試みがもう一つ。それは若手歌舞伎俳優の中村壱太郎(なかむらかずたろう)と尾上右近(おのえうこん)、そして日本舞踊家、和楽器奏者が集結し、「伝統芸能」と「映像技術」と「アートデザイン」を融合したオンライン配信作品「中村壱太郎×尾上右近 ART歌舞伎」だ。音楽レーベル「KSR Corp.」が全面協力し、映画やファッションの現場で活躍するヘアメイク・衣裳・装飾がスタッフに連なり、新たなスタイルを見せてくれた。野外能楽舞台で収録され、まとった着物を風にたなびかせ、吹き込む雨も味方にするパフォーマーたちは文句なしにかっこよかった。日本の芸能のしなやかさを、若々しい感性で存分に教えてくれたと思う。

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(C)KSR Corp.

コロナ禍でもファンに
アクセスし続けた
歌舞伎界

のZOOMを利用した歌舞伎俳優によるオンライントークイベントショー「歌舞伎家話(かぶきやわ)」「紀尾井町家話(きおいちょうやわ)」はファンの間ではすっかり定着しつつある大好評企画。出演舞台や裏側のエピソード、プライベートなど話題も幅広い。コロナで公演のない間、多くの俳優たちが、インスタライブなどのSNSを通じて、さびしい思いをしている歌舞伎ファンの心をしばしなぐさめてくれた。残念ながらコロナの影響で南座公演が中止となったスーパー歌舞伎Ⅱ『新版オグリ』だが、そのフィナーレで踊る「歓喜の舞」のリモート特別動画を、猿之助はじめ出演者たちがInstagramやYouTubeで公開した時は、ちょっぴり涙が出た。YouTubeチャンネル「歌舞伎ましょう」(日本俳優協会と伝統歌舞伎保存会の協同運営)では、多彩な俳優たちの映像が日々更新されている。

歌舞伎夜話特別編 第一回『歌舞伎家話』イメージ

「歌舞伎夜話特別編 第一回『歌舞伎家話』」より 提供:(C)松竹株式会社

参加型歌舞伎、
最新テクノロジーとの融合

8月、日本最大級のインターネット夏祭り「ニコニコネット超会議2020夏」のフィナーレとして無料配信された超歌舞伎 Supported by NTT『夏祭版 今昔饗宴千本桜(なつまつりばん はなくらべせんぼんざくら)』もすごかった。「超歌舞伎(ちょうかぶき)」とは、中村獅童(なかむらしどう)とバーチャルシンガー初音ミクが競演、伝統芸能と最新テクノロジーを融合させた新時代のエンターテインメント。初年度の2016年から会場の観客約2万5,000人、ニコニコ動画サイトで16万人以上が閲覧と、とにかく初回からモンスター企画なのだ。今年のフィナーレは、無観客のステージでロックスターのような身のこなしでカメラに向かってシャウトする獅童、それに応えるコメントで画面は埋め尽くされ、配信約1時間で叩き出された全体の総コメント数は約11万。これを観たら、歌舞伎への古いイメージは秒速で吹っ飛ぶハズ。

観客の予想を超越する
アニメと歌舞伎の
コラボレーション

ONE PIECE(ワンピース)」「NARUTO-ナルト-」「風の谷のナウシカ」――これらは全て、近年、歌舞伎化された漫画(アニメ)作品だ。いずれも原作のイメージが強固にあり、熱狂的なファンもいる名作揃い。最初は期待と不安半々で足を運んだが、どれも「疑ってごめんなさい」と謝りたくなるほど、作品へのリスペクトがガッツリ感じられる再現度。と同時に、衣裳・音楽・演出面では、歌舞伎ならではの趣向をこれでもかと投入した熱量高い舞台ばかりだった。考えてみれば、世界的にヒットする漫画には普遍性と壮大な物語があるわけで、歌舞伎との親和性も高い。新たな客層開拓にもつながっており、まだまだ驚きの新作が誕生しそうな分野である。

ここで紹介した最新進化形はほんの一部。先ごろ、歌舞伎公式動画配信サービス「歌舞伎オンデマンド」も開始され、他にも昨年、市川海老蔵主演、登場人物の名称や台詞などを歌舞伎の世界に置き換えて約40分の作品にアレンジした『スター・ウォーズ歌舞伎』も上演され、世界に向けて生配信された。野田秀樹など現代の気鋭演劇人とのコラボレーションも誕生しており、三谷幸喜が手掛けた歌舞伎『月光露針路日本 風雲児たち』は現在シネマ歌舞伎となって全国の映画館で公開中。インドの叙事詩「マハーバーラタ」の歌舞伎化、チャップリンの映画『街の灯』を翻案した歌舞伎などなど、近年、「江戸時代以来なのでは?」と思えるほど新作ラッシュを迎える歌舞伎界。人間ドラマ、悲劇、コメディ、ダンス(舞踊)、アクション、政治劇、怪談、恋愛もの……歌舞伎には、ありとあらゆるジャンルが詰まっている。この幅広さ、懐の深さ、なんでも取り込むどん欲さ。時代を超えて鍛えられてきた歌舞伎は、まだまだ可能性を拡大し続けている。こうした実験的な試みと、歴史ある素晴らしい古典が同居するのが、歌舞伎がどんな時代もアヴァンギャルドであるゆえんである。

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