歌舞伎エヴォリューション

先ごろの大ヒットドラマ『半沢直樹』では、香川照之や市川猿之助など、
歌舞伎俳優たちのケレン味たっぷりな演技が大きな話題に。
「歌舞伎、ヤヴァい……観たい!」と思った人は、少なくないハズ!
ここでは、その誕生以来、幾多の困難をものともせず
エヴォリューション(進化)してきた歌舞伎の最新形、
また、今後活躍するであろう、個性派 ひしめく歌舞伎界の若手を紹介する。
革新的な歌舞伎で伝統芸能の意外な新しさに触れ、
生の舞台で“傾(かぶ)く”俳優の魅力を体感。
歌舞伎の入り口は無数、まずは一歩、足を踏み入れて欲しい。
文=川添史子

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歌舞伎の最新進化形を紹介

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9月末に最終回を迎えた『半沢直樹』で、怪演&快演を見せた俳優たち。中でも、大和田常務こと市川中車(いちかわちゅうしゃ/香川照之)、伊佐山部長こと市川猿之助(いちかわえんのすけ)、天敵黒崎こと片岡愛之助(かたおかあいのすけ)、瀬名社長こと尾上松也(おのえまつや)のインパクトは強烈だった。今も静かに目を閉じれば、あの劇画タッチの顔がまぶたの裏に浮かぶよう。ここまでやるか!と笑えるほどに振り切れたストロングスタイルであったことよ。

彼らの共通点は「歌舞伎俳優」である。
シュッとした顔、シュッとした演技がメインストリームの現代TVドラマにあって、あのこってり全盛りハイカロリーな演技を成立させたのは、やはり技術の高さゆえだろう。ズームで抜かれた表情は見得を切るかのよう。キメ台詞に至るまでの流れも「ここ!」という、イイ〜ところでキマッテくれる。テンションの高い演技はヘタだとうるさくなるが、巧ければ芸になる。

舞台内外で活躍する俳優たち

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ここでは、昨今舞台の内外で活躍する個性豊かな歌舞伎俳優を取り上げる。経験値も積み、若さで突っ走る青い年代は通り過ぎた……しかしまだまだ未知なる道を切り拓きながら若い観客も取り込んでいる、「40代を中心とした花形たち」の挑戦を紹介する。

これからの歌舞伎界を担っていくであろう注目の若手たち

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30代、20代、さらに下の10代と、次代の歌舞伎界を担う花形俳優を紹介する。芸の青春時代を謳歌する彼らの成長を見守るのも、歌舞伎の楽しみの一つ。それぞれキャラクターが違い、人数も多く、芸熱心で未来ある若手たちの活躍は、まぶしい限りだ。

Column

初心者向け歌舞伎の魅力!
教えて木ノ下先生!
インタビュー:「木ノ下歌舞伎」主催・木ノ下祐一

歌舞伎演目を現代演劇に仕立て直すカンパニー「木ノ下歌舞伎」の主宰・木ノ下裕一にインタビューする。サングラスやスニーカーなど若者スタイルの衣裳にラップを取り入れた上演、音楽劇に仕立てた近松門左衛門の心中もの……“今”な解釈をほどこしながら古典の可能性やパワーを拡大する作品は、毎回話題。この方なら、歌舞伎の魅力をたっぷり語ってくれる!と、秋公演に向けて稽古真っ只中の現場にお邪魔した。初心者に向けた歌舞伎の鑑賞方法や歌舞伎の力、教えて、木ノ下先生!

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木ノ下さんは「木ノ下歌舞伎」の主宰として上演作品を選び、それを現代化できる作家や演出家を選び、補綴(ほてつ)という立場で古典のテキスト解釈や台本編集をし……と、古典の通訳のような方です。歌舞伎を一度観てみたい、けれども尻込みしちゃうという方々に、楽しみ方を御指南くださるのにはぴったり! ところで木ノ下さんご自身は、歌舞伎鑑賞の第一歩をどう踏まれたのでしょう?

初めて歌舞伎を観たのは中学2年生の時、地元和歌山に巡業で来た『義経千本桜 すし屋』(「第24回 歌舞伎鑑賞教室」)でした。片岡我當さんが主役の権太を演じ、若き日の片岡愛之助さんも出ていらして。この時すでに“敷居の高さ”は感じず、スルスルと面白いと思えたのは、おそらく、これまでの経緯があったおかげだと思うんですが……特殊な事例というか、ちょっと変な中学生だったのであまり参考にならないかもしれないです(笑)。

「特殊な事例」、むしろ気になります。

僕は小学生のころから落語を聴いていたので、自然と歌舞伎の基礎知識が頭に入っていたんですよね。落語って「芝居噺(芝居のひと場面を再現する落語)」みたいにガチで歌舞伎が入ったものもありますし、ちょっとしたフレーズに歌舞伎の台詞が引用されるじゃないですか。「お勉強」の意識なく知識の下地ができていたので、受け入れやすかったのかもしれません。落語は落語で面白いですから「歌舞伎のために落語を聞こう」みたいなのは違うでしょうけど。

「木ノ下歌舞伎」イメージ

木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』(2019) 撮影:東直子 提供:ロームシアター京都

フムフム、今は歌舞伎絵本なんかもありますし、わかりやすいものから入っていくのは、一つ手のかもしれませんね。

知的好奇心って人それぞれですから、そこに忠実に生きるというのが歌舞伎を楽しむコツだと思うんですよ。

知的好奇心に忠実に生きる、ですか?

はい。とにかく推しの俳優を探して、アイドルのライブのように楽しむのも一つだし、音楽が好きな人は、太鼓や三味線などいろんな音に囲まれる超サラウンドに身を任せてみるのもいい。「衣裳の柄」が気になるという方もいるでしょう。初回はまず自分自身の好奇心をジャッジするというか、「物語を楽しむ」ラインだけに固執しないで観るのが大事な気がします。ストーリーがわからなくなったら、そこは一回手を離して「あの俳優だけ見てみよう」など、時に切り替えも重要です。

古典作品は、物語を知って観ても十分に楽しいですからね。

古典は「ネタバレてから」が勝負ですから、現代の映画やドラマとは根本的に性質が異なりますね。基本、古典作品は誰がやってもストーリーの展開や結末は変わらないけれど、そこに行き着くまでの表現のプロセス、気持ちの持っていき方こそが見どころ。ストーリーを追っている時はまだゼロ地点なんですね。

まだ登山前なんですね(笑)。

まだ山のふもとで地図を見ている段階です(笑)。でもこの古典鑑賞感覚には弊害があって、面白い本を読んだりすると、僕、人に説明する時につい全部喋っちゃうんですよ。「なんで言うの!」って叱られるんですけど。

まだ見ていない映画や本の話を木ノ下さんとするときは要注意ですね(笑)。2018年にはコクーン歌舞伎『切られの与三』で上演台本を手掛けられ、主演の与三郎を演じたのは歌舞伎俳優・中村七之助さんでした。歌舞伎俳優とのお仕事を通して、どんな発見がありましたか。

『切られの与三』は、ワケあって木更津に預けられていた江戸の大店の若旦那・与三郎が、浜で美しいお富と出会って人生の歯車を狂わせる……といった物語です。与三郎の第一声は、「そうよなぁ」だったんですが、最初の本読みでこの台詞を七之助さんが声に出した瞬間、その響きの中に、すでに今は落ちぶれている感じ、鬱屈した感じ、でも育ちが良くおっとりしている感じ、全部の情報が入っていてハッとさせられました。最初に書いた台本では丁寧に物語の運びを描いていましたが、いちいち説明しなくても、歌舞伎俳優の所作や台詞回しで見えるものが現代劇よりずっと多いと感じた。なのでその後、説明台詞を大幅に削ったんです。もちろん七之助さんのような技術の高さが大前提ですけれど、歌舞伎はやっぱりメソッドの集積で、過去にどう演じられたか、それがいわゆる「型」になって残っている。歌舞伎の演技は日本演劇のアーカイブなんですね。

なるほど。歌舞伎は長年積み上げられた知恵の蓄積。 そう考えながら観劇すれば、もっと深く観られる気がしてきました。

ぜひ、いろいろなアンテナを広げながらご覧ください。 最後に、ちょっとだけ実践的な歌舞伎のハマり方をお話しますね。

ぜひ教えてください!

僕は、歌舞伎を観ながら気になったことは、全部メモを取るんです。「あの家紋はなんだったのかな?」など、些細なことでも引っかかったところは全部メモる。

メモですか?

はい。これでまず観劇後に、疑問点は調べられますよね。このメモを、次に観る時に読み返し、また更新し……を繰り返すと、自分の理解や知識の進化具合が把握できます。かつ僕は、ブロマイドも買います。1演目1枚でもいいし、お金が無ければ全興行中1枚でもよくて、自分が最も印象に残った場面の1枚を厳選して選ぶ。何枚も買うとブレるので、ここは心を鬼にして1枚に絞り込むのがコツです。更に、その裏にさっと日記のような感想を書いておく。そして、最後の仕上げは相関図。ここが重要でして、これがちゃんと書ければ、ストーリーが把握できています。

おお、すごい。観劇後に反芻することによって理解も深まり、知識も増えればさらに楽しくなりそう。細かいところまで観たくなりますし。

だって後で相関図を書かなきゃいけないから、必死で観るしかない(笑)。このノートを保存しておけば、数年後同じ演目が掛かった時は、自分で書いた相関図はあるし、何を考えたかも細かく記してあるし、写真もあって、裏を見ればざっくり感想が書いてある。最高の資料が手に入るわけです。歌舞伎は観劇中だけではなく、観劇後も重要です!

木ノ下さんが書いている「観劇メモ」の一部

木ノ下さんが書いている「観劇メモ」の一部

木ノ下先生の鑑賞方法を取り入れれば歌舞伎の面白さも100倍アップ!?
メモ帳片手に歌舞伎座へGO!

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