山本耕史インタビュー&動画コメント掲載! 2008年春、全世界を熱狂させたヘドウィグが再び日本に帰ってくる! ロック・ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチHedwig and the angry inch』

INFORMATION

[東京公演日]
2008年4月4日(金)〜5月6日(火・祝)
新宿FACE

[新潟公演日]
2008年5月17日(土)
新潟市民芸術文化会館・劇場

[大阪公演日]
2008年5月23日(金)〜5月25日(日)
ウェルシティ大阪厚生年金会館芸術ホール

[宮城公演日]
2008年5月27日(火)
Zepp Sendai

[北海道公演日]
2008年5月29日(木)
北海道厚生年金会館

[愛知公演日]
2008年5月31日(土)〜6月1日(日)
Zepp Nagoya

[兵庫公演日]
2008年6月8日(日)
神戸国際会館 こくさいホール

[発売日程] :プレオーダー、:一般発売
受付中 〔東京〕
12/16(日)〜12/24(月) 1/12(土) 〔宮城〕
12/19(水)〜1/6(日) 1/12(土) 〔北海道〕
1/12(土) 〔愛知〕〔大阪〕〔兵庫〕

   

山本耕史さんさんから動画メッセージが届きました!
舞台への意気込み、共演のソムン・タクさんについて、熱く語ってくれました!

動画を見る

e+ special interview 山本耕史

 山本耕史のヘドウィグに再び会える! 1997年、オフ・ブロードウエイに進出するやいなや世界を震撼させ、2001年に映画化され一大ブームを起こした、もっとも過激でもっとも人間的なロック・ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』。主人公のヘドウィグは、作者ジョン・キャメロン・ミッチェルの愛と哀しみを映して、生きることの無残さ、美しさを突き付ける。山本耕史は、その彼のソウルフルな魂を生きて、衝撃的な新しい顔を見せた。あの伝説的な舞台から1年、イツァーク役に韓国を代表するロック・シンガー、ソムン・タクを新たに迎え、ファンの熱狂のなかに、山本ヘドウィグがまた帰ってくる。

「僕はいつも、人間って全員がヘドウィグだと思っているんです。だから、ことさらドラマティックに捉えることはないんですよ」

──このミュージカルは、いろいろな意味ですごくハードルが高いと思うのですが。全編ロックで、ほとんど1人芝居、衣装はボンデージで、メイクも過激で。取り組むときに抵抗はなかったのでしょうか?

 なんの抵抗もなかったです。僕はそういう過激な部分は、全部人間がまとっている鎧というかフェイクな部分というか、そう捉えているんです。ゲイの話だとも思わなかったし、男女間の話とも思わなかった。そういうものを飛び越えたところにこの作品はあると思ったし。衣装だって、Tシャツとジーパンと意味は変わらないんです。

──まとっている表層でなく本質に惹かれたということなんですね。

 惹かれたし響いたんですね。この作品は最初はCDから入って、それからDVDを観たんですが、そのとき想像していたものと違う繊細な、心に1滴1滴水が沁みるような作品だと感じたんです。この作品を作ったジョン・キャメロン・ミッチェルが言ってるのは、愛することは人間にとって必要で、ときには残酷だけどときにはすごく素敵なことで、それが生きていくことだと。それは別に特別なことではないし、人を好きになって苦しんだりするのはゲイだからではないし。だから僕はいつも、人間って全員がヘドウィグだと思っているんです。

──"アングリーインチ"つまり残ってしまった1インチというのは、彼の人生の象徴のようにも思えますが、山本さんはどう捉えているのでしょうか?

 僕はそんなにドラマティックに捉えてないんです。それは作品自体に関してもそうなんですが。もちろんすごくドラマティックに描かれているし、すごく美しい。何もかもなくして、最後素っ裸で彼が歩いている姿を、人はなんて美しいと思うでしょう。でもそれは、みんなが普段そうできないから、素晴らしいとか美しいとかいうわけです。それを、ただ素直に表現したのが、たまたまジョン・キャメロン・ミッチェルだったわけで、だからことさらドラマティックに捉えることはないんですよ。

──現実に、最後のほうでは衣装もメイクも剥ぎ取っていきますが、内面的にも、いつもよりむきだしになる感覚はありましたか?

 そうですね。やっていることは、いつもとそんなに変わりないんですが、ギャップがすごいから。ドラァグクイーンみたいな、いろいろまとったところから入ってきて、それを全部脱ぎ捨てていく。なんだかいっぱい服を脱いだなという疲労感がありましたね(笑)。他の作品ではもっと脱ぐ服が少ないし変化も少ないですから。でも到達するところはいつもと一緒なんです。スタート地点が遠いから、とても走り抜けた感はありましたが。

──走り抜けたあとは清々しい感覚ですか?

 ちょっと違ってて、レッドゾーンを振り切ったあとの、ガソリンがなくなったあとの爆発的なパワーですね。駆け抜けて「やった!」ではなく、駆け抜けて「もうダメだ」みたいな、そこから生まれるエネルギーみたいなものがあるんです。

 

「本気のパフォーマンスをやったときって、そんなにコントロールできるものじゃない。『ヘドウィグ』は、そこまでいっちゃわないと成立しない」

──ロックは、歌うこと自体に体力がいりますよね。綺麗に歌うだけでは通じないものがあるし。

 綺麗に歌う人も、きっとすごい体力を使っているとは思うし、喉をつぶさないように歌う発声法もあるんですが、これはそういうやりかたでは、まったく通用しない作品ですね。それに僕はパフォーマンスで、あらかじめケガをしないようにしてる舞台には、魅力を感じないんですよ。本気のパフォーマンスをやったときって、そんなにコントロールできるものじゃないから。「声をつぶしたことがない」っていうのは役者として自慢にはならないと僕自身は思ってますね。

──声が出なくても通じる方法があるということですね。

 代わりに何で伝えられるかということだし、ケガを恐れていたら前に進めない。この舞台は毎日毎日がトライだったし、ある意味では毎日毎日ケガしていたようなものだから。幕が一度開いてしまうと、そこまでいっちゃわないと、成立しないというのがやっていてわかるんです。それこそ喉をつぶさないようにとか、ケガしないようにやっていたら、それは僕が観たい『ヘドウィグ』じゃない。どうしてもそこまで行くのが自然なんです。

──本当の意味で過激な舞台だという気がしますね。そしてまた、再演でそれに取り組むわけですが?

 再演と聞いたとき、すごく嬉しかったんですけど、またあのたいへんな舞台やるんだなと思うと、ただ嬉しいだけではなかった(笑)。実は初演のとき、生まれて初めて舞台をとめたいと思ったことがあったんです。出ている途中で、体力的にもう無理、みたいな。息が吸えないし歌えないという感じになって。なんとかそのあとの40分をがんばって、そのまま病院に行きました。診察してもらったら、かなり限界まで行ってたみたいで(笑)。

──あらゆる機能の限界まで使いきっていたということでしょうか?

 使い切らないとできない作品でもあるんです。でもあのつらさをもう経験したくないから、今回は少しは様子をみながらいきたいなと。そうはいってもまた始まれば、レッドゾーンを振り切ることになりそうだけど(笑)。

 

写真/渡辺マコト
取材・文/榊原和子

 

山本耕史 profile

 1976年10月31日生まれ、東京都出身。1987年、東宝ミュージカル『レ・ミゼラブル』日本初演で、少年革命家を演じ高い評価を得る。その後、ドラマ『ひとつ屋根の下』で、末っ子の車椅子の少年を演じ、繊細な演技で注目を集める。以降、舞台を中心に活動し、1998年にブロードウェイミュージカル『RENT』、2000年には、ミュージカル『オケピ!』などに出演。2004年にはNHK大河ドラマ『新選組!』で土方歳三役の好演により、2006年新春には大河ドラマ史上初の続編として『新選組!!〜土方歳三 最期の一日』が放送される。2005年大晦日には、『NHK紅白歌合戦』で白組司会を務める一方で音楽活動にも力を入れ、ユニット名「Koji YAMAMOTO & KDearth 」で CDリリース、ライブなど多方面で活躍している。10月より放送中のBS-JAPAN『山本耕史スイートJAM』ではMCも務めている。

 

STORY

 1960年代に旧東ドイツに生まれた少年ハンセルは、自由の国アメリカに渡りロックスターになるのが夢だった。彼は幼少時に母親からプラトンの魅惑的な「愛の起源」の物語を聞かされる。以来、彼は自分の"カタワレ"を見つけようと心に決める。ある日、彼は偶然一人のアメリカ兵と出逢う。アメリカ兵に見初められ、彼との結婚の道を選んだハンセルに待ち構えていたのは、アメリカへ渡るための"性転換手術"だった。しかし、手術を受けたハンセルの股間には手術ミスで「怒りの 1インチ(アングリーインチ)」が残ってしまう。
 その後、ヘドウィグを名乗り渡米を果すも離婚、ベビーシッターなどをして日々の糧を得つつロックバンドを組むも、なかなか成功への道が見えず生活に追われていた毎日だった。やがて 17歳の少年トミーに出逢い、愛情を注ぐようになるヘドウィグだったが、トミーはヘドウィグの曲を盗んでビルボード No.1のロックスターに上り詰める。最愛の人に裏切られたヘドウィグは自らのバンド「アングリーインチ」を率いて、ストーカーのようにトミーの全米コンサート会場を追い、スタジアム脇の冴えない会場で巡業するのだが……。