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ニューヨーク・シティ・バレエ 5年ぶりの来日公演
二十世紀最大の振付家ジョージ・バランシンが世界最高峰のバレエ団に育て上げたニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)が、今秋、2004年以来、5年ぶりの来日公演を行います。 NYCBは、1948年、アメリカ人リンカーン・カースティンと帝政ロシア生まれのジョージ・バランシンによって創立され、ニューヨークを本拠地に活動し、抜群の人気を誇る、世界が羨むバレエ団です。 NYCBはレパートリーの豊かさ、とりわけ、「見る音楽」と形容されるバランシンの作品と、「ウエスト・サイド・ストーリー組曲」など、ミュージカルの振付家として名高いジェローム・ロビンズの作品で世界中を魅了してきました。バランシン亡き後、NYCBを率いる芸術監督ピーター・マーティンスは、自ら創作活動に励む一方、世界中から優秀な若手振付家を起用し、次世代を担う才能の育成に力を入れていることでも注目されています。 |
話題作品満載のプログラム
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今回の来日公演では、バレエファンならずとも見逃せないプログラムを網羅。バランシン、ロビンズの代表作はもちろん、マーティンス、クリストファー・ウィールドン、アレクセイ・ラトマンスキーの日本初演の話題作品満載です。
セレナーデ -Serenade振付:ジョージ・バランシン/音楽:ピョートル・イリッチ・チャイコフスキー 初演:1935年3月1日、アデルフィ・シアター、ニューヨーク、アメリカン・バレエ(NYCBの前身)NYCB初演:1948年10月18日 真の巨匠にしか到達し得ない純粋美、と賞賛したのは同時代の振付家マーサ・グラハム。バランシンが渡米後初めて生徒の練習用として振付けた、歴史的にも重要な作品。練習用とはいえ、チャイコフスキーの音楽の満ち引きとともに織りなす見事なフォーメーション、動きのフレーズはあまりに美しく、その純粋美は今なお時空を超えて世界中に絶賛されている。 ![]() アゴン -Agon チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ -Tschaikovsky Pas de Deux ウエスト・サイド・ストーリー組曲 -West Side Story Suite
コンチェルト DSCH -Concerto DSCH振付:アレクセイ・ラトマンスキー/音楽:ドミトリ・ショスタコーヴィチ 初演:2008年5月29日 昨年世界初演を迎えたばかりの、ラトマンスキー(元ボリショイ・バレエ芸術監督)がNYCBのために振り付けた2作目。ショスタコーヴィチのピアノコンチェルト2番に合わせた、コミカルで屈託なく明るい振付はニューヨークで大絶賛された。今年も世界中のバレエ団で新作を控える、今最も注目されている振付家ラトマンスキーの渾身の一作。 ![]() バーバー・ヴァイオリン・コンチェルト -Barber Violin Concerto
タランテラ -Tarantella ![]() チャイコフスキー・ピアノ・コンチェルト第2番 -Tschaikovsky Piano Concerto No.2
ワルプルギスの夜
アフター・ザ・レイン -After the Rain (pas de deux)
ダンシズ・アット・ア・ギャザリング -Dances at a Gathering ![]() シンフォニー・イン・スリー・ムーヴメント-Symphony in Three Movements 以上、すべての舞台写真:©Paul Kolnik |
来日するのは総勢130名、新日本フィルハーモニー交響楽団による生演奏
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抜群のスタイル、スピード感と並外れた音感、そして動きすべてにおけるセンスの良さ.....バランシン・バレエに不可欠の条件を全て兼ね備えたダンサーたちに加え、指揮者、ピアニスト、ヴァイオリニスト、歌手もニューヨークから来日します。オーケストラは新日本フィルハーモニー交響楽団と、音楽を重要視するNYCBだからこそ実現する贅沢さ。バレエファンはもちろん、音楽を愛する人々をも魅了します。 2009年10月、東京のみの7回公演。ホームのニューヨークで圧倒的人気を誇るため、他のバレエ団より海外ツアーが少なく、なかなか日本で見るチャンスがないNYCB。 2004年の前回公演は完売日が続出、昨年のパリ公演では連日キャンセル待ちで長蛇の列ができたニューヨークが誇るバレエ団の待望の来日公演、お見逃しなく! |
ニューヨーク・シティ・バレエ
現在、90名以上のダンサーを擁し、150以上のレパートリーを持つアメリカ最大のバレエ団。 |

セレナーデ -Serenade
振付:ジョージ・バランシン/音楽:ピョートル・イリッチ・チャイコフスキー
ご存知、世界中にロビンズの天才を知らしめた不朽の名作。史上最高傑作と称されるあのミュージカルが、ダイナミックな名シーンを集大成しバレエ作品に生まれ変わった。息を呑むような迫力あるダンスが、ロビンズの本場NYCBのダンサーによって踊られるとあって、バレエ・ファンならずとも世界中のダンス、映画ファンが一度は見たいと切望する幻の作品。
コンチェルト DSCH -Concerto DSCH


グルジア人作曲家を父に生まれ、10歳でロシア帝室バレエ学校に入学、その後レニングラード音楽院でピアノと作曲法を学び、マリンスキー劇場のバレエ団(現キーロフ・バレエ)に入団。1924年に偉大なディアギレフ率いるロシア・バレエ団(バレエ・リュス)に参加、フォーキン、ニジンスキー、マシーンの後を継ぎ、ヨーロッパで大成功を収める。5年後ディアギレフが亡くなりバレエ団は解散。
1944年4月に発表した振付処女作「ファンシー・フリー」で大成功をおさめた。当時、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)のダンサーであった彼は、その夜、ABTの本拠地であったメトロポリタン・オペラ・ハウスにおいてスターとしての振付家“ジェローム・ロビンズ”のセンセーショナルなデビューを飾った。一躍時代の寵児となったロビンスの活動はバレエだけにとどまらず、ミュージカル、映画、演劇も手掛けた。
デンマーク生まれ。叔父と叔母を始め、数人の踊り手を生み出した一族の出身。デンマーク・ロイヤル・バレエ学校でバレエを習い始め、18歳でメンバー、21歳でプリンシパルとなり、古典及び現代舞踊の作品まで幅広くこなした。