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e+SPORTS 独占インタビュー!
木村響子(フリー)独占インタビュー(「T−1グランプリ」主催者 二見理社長も出演!)
『プロレスは、ライブが一番!  是非、会場で私たちと試合を共有してください!』
女子プロレス界の活性化を目的として、「T‐1」二見理社長が、2005年8月23日(火)後楽園ホールで開催、業界内外問わず、大きな話題となった、女子プロレスオースルター戦『T‐1グランプリ〜闘い〜天下〜ときめき〜』から約半年、その「第2回大会」が、2月23日(木)新宿FACEで開催される。数々の注目カードがラインナップされる中、特に注目されているのは、“美女か野人か ビュティーアスリートvsヒューマンビースト”と名づけられた【大向美智子(M’s Style)vs木村響子(フリー)】の試合だ。イープラスは、この度、木村響子(フリー)選手をキャッチ!プロレスラーになる経緯から、目前に迫る「T‐1グランプリ参戦」への思いを語ってもらった。

【イープラス利用者へプレゼント!】
インタビュー巻末(2頁目)に、木村響子選手からの素敵なプレゼントが有りますので、そちらもご覧ください!
<木村響子選手へ質問>お客さんには、一緒に試合を共有して欲しい!
 

──何故女子プロレスラーに。

きっかけは、ブッチャー、シークvsファンクス戦を観てカルチャーショックを受けました。それから実際会場に行くようになり、デスマッチ系のFMWに入りたいと思いました。

──最初はFMWのテスト生でしたが、その頃のエピソードは。

15歳の時にFMWに入り、一年位いましたが、最初にターザン後藤選手に基礎を教えてもらいました。一番嬉しかったのは試合が一番前で観れたり、有刺鉄線を巻いたりした事。練習は厳しかったですね。新人でもスクワットは千回やりました。

──千回も!15歳の女性に容赦ないですね。同期の方はどんな選手が。

中山香織さん、田中将人さん、gosakuさんです。

木村響子選手
──その後単身でメキシコへ行ったそうですが。

メキシコに行こうと思ったのは、ルチャが好きだったんですね。現地にハヤブサさんと市原さんがいまして、ジムを紹介してもらおうと会ったら帰れ!と言われました。フィファナという治安がわるいところが修行先だったので、16歳の女の子は危ないし責任もてないと。でも嫌だと言って居ました。その後ハヤブサさんがメキシコシティに行く事になり、こっちのほうが安全なので、移動しました。
でも、実際一緒に練習してみて、私の運動神経ではルチャは無理だと思いました。

──JWPへ入団した理由とアフロヘアーにしたきっかけは。

夢を捨てきれないのもあったんですが、色んなことが重なって、シャーク土屋さんが本気でやりたいなら紹介するよと言っていただき、縁ですね。アフロヘアーは、他の選手との差別化ですね。当時は、可愛い娘ばかりでアイドル系レスラーが多かったんですよ。(間髪入れず、二見社長が「木村さんも可愛いですよ!(一同笑)」)デビューして1年くらいに(2002年)、JWPが3年半ぶりに後楽園でやるので、その時に変えました。
初めからアフロだと見た目だけになっちゃうじゃないですか。
最初は新人らしく普通にしてました。
木村響子選手 ──FMWとJWPの違いは。

正反対ですよね。JWPはレスリングテクニックで試合を見せる。FMWは基礎は出来るんですけど、非日常みたいな、“ストリートファイトデスマッチ”、“怪奇派レスラー”など、パニック映画のワンシーンみたいな感じになります。私はセコンドなのに、怖くてお客さんと一緒に逃げ回る場合もあったほどです。
タイガー・ジェット・シン選手にも襲われました。

──JWPに入って一番良かった事とやり残した事は。

自分凄く飲み込みが悪いんですよ。他に新人がいたら見捨てられてたかもしれないんですけど、私1人だけだったので、何度も諦めずに教えてもらい育ててもらって感謝してます。やり残したことは、ありません。あったら辞めてないですね。自分的には納得しています。

──何故JWPを退団してフリーに。

自分はわがままで欲深い人間なので、自分が成功する道に進みたいと思ってしまいました。色んなお客さんの前で、違うスタイルの試合がしたいと思って...JWPは、“ピュアハートレスリング”というイメージがあるので、そのイメージを壊しかねないので、勝手な行動に出てしまいました。JWPは美しい村だと思うんですけど、私はやっぱり旅に出て違う世界を見てみたいという気分になりました。

 

──今団体の力が弱まり、細分化状態になっていますが。

もっともっと、各団体が他(団体)との差別化を計る必要があるのでは、と思います。
現在細分化されてることはしょうがないじゃないですか。それって逆に大きい会社に管理されてたら、選手ひとりひとりの意見が通らないことが多いと思います。
小さい塊になったことで、前よりやりやすい一面もあるはずじゃないですか。
それを逆手にとって出来ることをやっていき、私自身も頑張っていきたい。

木村響子選手
──フリー木村選手としての今年の目標は。

プロレス界で有名になりたいです。例えば男子のプロレスファンに「木村響子知ってますか」と聞いても知らないじゃないですか。もっと名前を売って有名になりたいです。ただ名前が売れるだけじゃなく、中身がともなわなければ意味ないです。木村目当てで沢山お客さんが来てもらえるようになりたい。


──ファンにメッセージを。

お客さんには観に来るというか、一緒に試合に参加する感じで来てもらえると、試合を作る感じで楽しいと思いますよ。一緒に共有しませんか(笑)。
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<木村選手&二見社長 合同インタビュー>“美女vs野獣”対決では、肉体のぶつかり合いを見て!

木村響子
木村響子
1977年3月19日生まれ 神奈川県横浜市出身
AB型 164センチ 62キロ
92年15歳でFMW練習生として入門したが、腰の負傷もあり退団。
94年17歳でメキシコ修行へ。
97年20歳で結婚し、出産、離婚を経験。
WMFの営業で務めたが、夢を捨てきれず02年25歳でJWP女子プロレスへ入門。
所属選手としては異色の存在で徐々に頭角を現す。
そしてトレードマークのアフロとバナナ!でブレーク。
第1回「T‐1グランプリ」では、華名選手との新世代対決が実現。
05年12月18日JWPを退団し、フリーになる。
第2回「T‐1グランプリ」の参戦も決まり、大向美智子戦が決定している。
得意技「キムラロック」「ビッグブーツ」
現在、闘うシングルマザーの女子プロレスラーとして活躍中。
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